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事実を目の前にして、これまでの「Nさえ動けば日本経済は何とかなる」と思っていた人たちも、スタンスを変えなければならなくなってきたのである。
そして、金融政策こそオールマイティと主張してきたマネタリストたちにとって最悪のニュースが二○○一年一○月に流れた。
マネタリズムの牙城と言われた米国FRBのグリーンスパン議長がみずから米国議会関係者に対して、真水で米国のGDP一%に相当する財政による景気対策を提言したのである。
これはいくら同時テロの発生で米国経済が失速の危機にあるとは言え、景気変動は金融政策で対応するべきで、財政は動かすべきではないとずっと主張していたFRBが、その主張の限界に気づき、方向を一八○度変えたことを意味した大変な決断であった。
私とFRBの関係は、一九七九年、FRBが設けた奨学金制度に当時大学院の博士課程にあった私が合格したところから始まるが、そこから今日まで、FRBが政府に財政出動を要請したことは一回もなかったし、もしかしたら歴史的にも今回が初めてであるかも知れない。
しかそのグリーンスパン氏が、二○○○年末には財政出動を意味するブッシュ新政権の減税案を突如として認め、その一○カ月後にはみずから財政支出の拡大を議会に提言したのである。
このグリーンスパン氏の急速な方向転換の背景には、彼が日本のバランスシート不況を以前から大変細かく調べていたことが関係していると思われる。
実際に、私が毎年FRB内でやっているセミナーは、特に米国がITバブルに入ってから活況を呈し、彼らが日本のバブルとその崩壊に対して極めて強い関心を持っていることを示していた。
ただ当初はそれでもFRB内はマネタリスト的な発想をしていた人が多かったので、私の方から今の日本の金融政策は限界に来ていると言うと、それこそ自分がサンドバッグになったのかと思うくらい反論・反発が出てきた。
ところが、最近はこのような雰囲気が薄れ、むしろ日本の話に耳を傾けようという気運が高まってきたのである。
この変化が今回のグリーンスパン氏のGDP比一%の財政出動要請につながったわけで、それは彼らが日本の経験からバランスシート不況時には金融だけではだめで、財政の出動が不可欠であると気づいた結果であった。
その意味では、Nの速水総裁も政治家からくるインフレターゲットのような無理難題に反論するだけでなく、むしろ政府に対して金融政策の効果を上げるには財政をしっかり出してもらわなければ困ると主張すべきだろう。
それ以外に民間資金需要が激減した現状で、Nが供もこ○○○年末までグリーンスパン氏は、減税を含めた財政出動に強い反対をとなえていたのである。
また、この八月の緩和は、為替市場からも完全にそっぽを向かれてしまった。
それは図らずも、Nの量的緩和で供給された資金が、為替市場に向かうメカニズムも疲弊してしまっていることを証明してしまったのである。
つまり、現在の量的緩和では、Nが金融機関の保有する国債を買い上げ、その引き替えに円の現金を手渡すわけだが、それで円安になるには、その円資金を手にした金融機関が、そのお金でドルを買って、対外投資に回らなければならない。
しかし、為替リスクをとれるくらい体力のある金融機関で、しかも為替はドル高になることを予想しているところは、とうの昔に超低利回りの国債など売り払って、みな外債に置き換えていただろう。
つまり、このような金融機関が、Nが買いたい国債を持っているとは思えないのである。
今頃まだ大量に国債を持っているところは、大きな為替リスクをとれるだけの体力がないか、最初からドル高・円安になるとは思っていない、の二者になるが、彼らにいくら円資金を供給しても、彼らがドル投資に回る理由はないのである。
しかも一年前ならともかく、現在の世界同時不況というなかでは、どの国の経済や市場の落ち込み幅が相対的に一番大きいかが為替レートを決める大きなポイントになっている。
そのような視点で見ると、景気も株価もすでに落ち込んでいる日本に比べ、米国は両方ともまだ大きく落ち込むリスクを持っている。
特に、ここに来て、米国の製造業の落ち込みは要注意であり、彼らの設備稼働率は一九八三年七月の水準まで落ち込んでしまった。
その結果、これまでドル高予想一辺倒だったウォール街の人たちまで、製造業の悲鳴があまりにも大きくなっていることから、最近はドル安のリスクを気にし始めている。
しかも、この傾向は二○○一年九月一一日の同時テロ発生以降、いっそう顕著になっている。
また、オニール財務長官は、米国の為替政策は前任者のサマーズ長官時代から変わっていないとしているが、製造業出身のオニール氏の「ドル高政策」は「米国経済が強いからドル高なのだ」という結果論である。
これは前任者のルービン氏やサマーズ氏がドル高自体を、ウォール街の活況を維持する政策目標と見ていた「ドル高政策」とは大きな違いがある。
つまり後者の場合は、「ウォール街の活況を維持するためには、とにかくドル高」という発想であったのに対し、オニール氏の場合は「米国経済が強い時はドル高で当然、米国経済が弱い時はドル安で当然」という思いがあるのである。
ということは、現在のように米国経済が急減速している時には、オニール氏の本音は「ドル安で当然」ということになる。
そのような違いを市場参加者が感じとり、しかもNの資金が元々為替リスクに慎重なT国債を持っていた)金融機関に向かっているということは、いくらNが量的緩和を進めても、それだけでは為替レートが円安になる可能性は低いということになる。
また、一部にはNが国債の代わりにドルを買って、ドル高、円安にすれば日本の景気にはプラスになるはずだという意見がある。
前述のクルーグマン教授も、日本国内に資金需要がないことは認めながら、為替介入は効果があるはずだと主張している。
しかし、ここでまず注意が必要なのは、為替介入は財務省の管轄下であり、Nの権限下ではないということである。
つまり、為替介入は金融政策ではなく、財政政策の一部と見るべきなのである。
次に、この円安政策で問題になるのは、アメリカ経済、特にそのなかでも製造業が大変苦しんでいる時に、依然世界で一位、二位を争う貿易黒字国である日本が、どんどん通貨を安くして米国へ輸出を増やした場合、米国がそれを認めるかどうかである。
もちろんアメリカの合意なしでも為替介入はできる。
しかしそれをやったらどのような結果になるかは、一九九九年六月末の日本の一方的なドル買い、円売り介入の結果を見れば明らかだ。
当時の榊原財務官は、自身の退官直前に、それまで彼がずっと採ってきた米国との協調スタンスを変え、初めて米国のサマーズ財務長官に連絡せずに三兆円と言われる大規模な円売りドル買い介入を実施した。
しかも、彼は公の場で当時二七円前後の円ドルレートを一二○円以上の円安にすることを宣言したのである。
ところが、当時のアメリカ政府は、すでに日本経済が大きく落ち込んでいるのに、当時の宮沢蔵相が「補正予算は九月に発表の第二四半期のGDPを見てから決める」とのんびりかまえて、なかなか景気対策をやろうとしないことに大きな危機感を持っていた。
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